社会保険労務士で、株式会社HRbase代表の三田です。
労務相談プラットフォーム「HRbase」を提供しています。
私が社会保険労務士の資格を取ってから15年が経ちました。その期間で社会構造と労働に対する意識は大きく代わり、当時からは想像できないレベルで労務管理のテクノロジー利用が進んでいます。そしてここにAIが加わりました。2023年のChatGPT上陸当初は「業務には使えない」という評価の生成AIでしたが、たった2年で「労務管理の一部を任せられるAI」が出現しています。
ほんの数年後には「労務管理のほとんどを任せられるAI」が皆さんのチームに所属している可能性も充分にあり得ます。そのような変革期に労務管理を行う立場として、何をどこまでAIに委ね、どの部分を人に残すべきなのでしょうか。
労務管理をまだAIにはすべて任せきれない2つの理由
はじめに結論を述べておくと、2025年5月現在、労務管理はまだAIには任せきれません。課題はふたつあります。ひとつ目は「法律を扱う分野だからこその難しさ」です。AIがデータを元に出力した結果の責任を取るのはどこの部署になるでしょうか。そう考えると、作業の一部を任せることはできても、そのチェックと最終的な許可は「その組織で責任を担える人間」が行う必要があるでしょう。
ふたつ目は「組織に最適化した方法を考える難しさ」です。同じ法改正を扱うにしても、A社とB社では必要な規程も、社員説明レベルも違います。同じ法律がスタートラインであっても、画一的なプロセスを踏めないのは、労務管理が「人」という非常にセンシティブで可変的なものを対象としているからです。
しかしそれでも、早急にAIの力を借りる方向にシフトすべきでしょう。労働基準監督署が調査に入ると約7割の企業が違反をしているというデータがあります。違反したくてしている企業はないはずですが、とにかく知識が足りない、手が足りないというのが現状ではないでしょうか。
AIは「膨大な情報の中から、必要な情報を探す」ことは得意です。
そのため、責任を取ったり、社長や社員の顔を思い浮かべながら自社最適なプロセスを考えるという「労務管理担当者にしかできないこと」以外の調査業務は、ぜひAIに頼ってみてください。

社会保険労務士とのリレーション
顧問社労士がいる会社、いない会社では、AIの活用方法は変わるのでしょうか。私は、大きくは変わらないと考えています。
社会保険労務士は労働に関する法律の専門家です。知識を持っていることはもちろん、問題社員対応やトラブル解決などに「ケースバイケースのアドバイス」が可能な、対応領域としてはAIを凌駕する存在です。
しかし労務管理に必要な情報や書類は、ある一定のレベルまでは「AIが探しても、社労士が探しても」同じであるべきです。(「雇用契約書に必要な項目」を聞いたとき、AIと社労士がまったく違う見解を述べることがあってはいけません)
そうなると、やはり基礎的な情報収集はAIに任せる方が効率的ではないでしょうか。なぜなら、画一的な情報収集に対し、何千時間も勉強をした専門家である社会保険労務士を活用するのはコスト面においても非効率だからです。
現在顧問社労士がいない企業は、情報収集はAIを活用し、専門家でしかできないことや、会社のリスク回避が必要なことがでてきたときに顧問社労士を検討する。
現在顧問社労士がいる企業も、自社内で解決できることはAIで行い、顧問社労士には一歩踏み込んだ相談や。組織改善につながる業務を依頼する。
どちらにしても「すでにAIでできること」をあえて専門家に依頼する理由は、そう多くはないはずです。
またAIのメリットとして「聞いたらすぐに答えてくれる」「24時間、土日も対応してくれる」というものがあります。膨大な業務の中には、たとえ100%正解の答えではなくても、ざっくりとした方向性が「今日わかればいい」というものも多くあるでしょう。法律にピタリと合わせにいく作業は後半でいいので、まずは全体像を考えたい・・・というニーズに、AIは非常にマッチしています。
社会保険労務士には、その先にある施策の精度アップや法律遵守、そして全方位のリスク回避という観点で充分に活躍してもらうことをおすすめします。

労務×AIの今後はどうなるか
労務管理は、保険手続き領域と労働相談領域に分かれます。私が主に取り組んでいるのは労務相談領域のAI開発で、この分野は専門性が高く定型化が難しいため、テクノロジーの導入がなかなか進んでいませんでした。
実際、労務テックやHRテックと呼ばれるサービスのほとんどが保険手続きや勤怠管理、給与計算に関するもの(保険手続き領域)であることは、皆さまが導入済みのシステムを見回すことで納得いただけると思います。しかし前述の通り、世界中でAI開発の歩みが進めば、労務相談領域にも多くの参入があると予想されます。
AIの可能性はまだまだ広がっていきます。ChatGPTをはじめとする汎用AIでは既に音声で自然な会話ができるようにもなっており、人間との差がなく会話ができる様子はもうSFの世界としか言いようがありません。
しかし、繰り返しになりますが、労務管理のすべてをテクノロジーに置き換えることは不可能です。とはいえ専門家の知見をデータベース化することは不可能ではないとも考えています。そのため私も、より精度の高いAIがエージェントのように実務を遂行できる機能の開発を予定しています。
AIに関する情報は氾濫しており、果たしてどのAIを、どのように業務に活用すべきなのかを決めかねている方も多くいらっしゃるでしょう。しかしせっかくのチャンスです。自分の業務をよりスマートに、より正しくしてくれる「AI」という味方の成長を楽しみながら見守り、先入観なく試してみてほしいと思っています。ユーザーのその姿勢がAIマーケットを成熟させ、よりよい技術開発の礎となるからです。

当記事は、人間と生成AIの共同作業により執筆しています。
人とAIの作業比率 9:1