ChatGPTをはじめとする生成AIの進化により、社内の情報検索の仕組み自体が大きく変わろうとしています。しかしAIが社内の文書から正確な情報を集めて提供するには、そもそも「AIが読みやすい」形で情報が整理されていることが必要です。
多くの企業は、情報が散在し形式もバラバラという課題を持っているはずです。本記事では、AIを効率的に活用するための準備として「社内文書の整備方法」について解説します。
なぜ今、社内文書の整備が必要か
「あの規定はどこにあったっけ?」「最新の申請方法は?」
日々の業務で、社内ルールを探す時間は少なくありません。
特に法改正が頻繁に行われる労務管理業務では、誰もが最新情報へアクセスできる環境が重要です。また生成AIの進化により、社内チャットボットが膨大な文書から瞬時に回答を提示することができるようになってきています。
AIがその能力を発揮するには、「AIが理解しやすい」形で情報が整理されていることが大前提となりますが、現状では多くの企業で情報が散在し、形式もバラバラな状態です。さらに、ベテラン社員の経験や勘といった「暗黙知」へはそもそもAIはアクセスできません。これではAIを導入しても期待した精度で回答を得られず、最悪の場合、AIがもっともらしい嘘(ハルシネーション)を生成するリスクもあります。
このような課題を解決するため、社内文書の整備は避けて通れない重要な取り組みなのです。
AIが読みやすい文書の5つの原則
AIは人間のようには文脈のニュアンスを完璧に読み取れません。AIに内容を正確に理解させるためには、以下の5つの原則を意識することが大切です。
1 明確性・簡潔性
誰が読んでも(AIが処理しても)意味がひとつに定まるよう、曖昧な表現や専門用語の多用を避けましょう。一文は短く、結論から先に書くなど、簡潔で分かりやすい文章を心がけます。
2 構造化
文書のタイトル、見出し、箇条書き、段落などを適切に使い、情報の論理的な構造を明確にします。これによりAIは文書全体の構成や各部分の重要度を把握しやすくなります。
3 一貫性
文書全体で用語(「従業員」と「社員」など)、表記(西暦/和暦など)、フォーマットを統一します。表記揺れは、AIが同じものを別のものとして認識する原因になります。
4 最新性
古い情報や誤った情報がAIに読み込まれると、不正確な回答の原因となります。文書の更新履歴を記録し、定期的な見直しプロセスを設けましょう。
5 網羅性
AIが質問に答えるために必要な情報が、欠落なく文書に含まれていることが理想です。関連情報が複数の文書に散らばっている場合は、相互にリンクを貼るなど工夫が必要です。
これらの原則は、AIのためだけではなく、私たち人間が文書を理解しやすくするための基本でもあります。

RAGとは何か? AIが賢く答える仕組み
RAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)は、生成AIが社内情報に基づいて回答するための重要な技術です。その仕組みは次の2段階で構成されます。
- 検索(Retrieval):質問が入力されると、AIはまず社内文書データベースから関連性の高い文書を検索します。
- 生成(Generation):次にAIは検索で見つけた文書の内容を参考情報として、質問に対する回答を生成します。
このプロセスにおいて、これまで説明してきた文書整備と暗黙知の形式知化が極めて重要になります。文書が適切に構造化され、意味のある単位で分割されていれば、AIはより正確に情報を見つけ出し、的確な回答を生成できます。
また、RAGはAIが不確かな知識で回答を創作する「ハルシネーション」のリスクを大幅に低減できるメリットもあります。AIが社内文書という明確な根拠に基づいて回答するからです。
つまり、社内文書の整備は、RAGシステム全体の性能を底上げし、AIによる情報検索を真に役立つものにするための鍵なのです。
暗黙知を形式知に変える方法
AI活用の真価を発揮させるには、文書化されたルールだけでなく、社員一人ひとりが持つ経験やノウハウといった「暗黙知」も活用できる形にする必要があります。
暗黙知とは、個人の経験や勘、身体的なスキルなど、言語化して他者に伝えるのが難しい知識のことです。熟練社員の手の感覚、ベテラン営業の顧客との信頼関係の築き方などがこれにあたります。一方、形式知は言葉や文章、図表などで表現され、客観的に共有できる知識です。
暗黙知を形式知化するには、次のステップが効果的です。
- 暗黙知の特定と収集:ベテラン社員へのインタビュー、業務の観察、定期的なミーティングでの経験共有など。
- 言語化・構造化:マニュアル・手順書の作成、FAQ作成、成功事例や失敗事例のケーススタディ化。
- 共有と活用:作成した資料を社内Wikiや文書管理システムに集約し、検索性を確保。実践とフィードバックで知識を洗練。
このサイクルを組織的に回していくことで、AIが読み込める質の高いデータを蓄積できます。

文書整備の6つのステップ
暗黙知の形式知化と並行して、既存の文書をAIが活用できる形に整備していきましょう。
以下に具体的なステップを紹介します。
- 対象文書の棚卸し:就業規則、マニュアル、FAQ、過去の問い合わせ履歴など、どこにどのような文書があるかを把握します。
- 文書フォーマットの標準化:Markdown、テキスト、構造化されたWord文書など、AIが処理しやすい形式に統一します。PDFやExcelは複雑な構成だとAIが理解しにくい場合があります。
- 内容の構造化:見出し、リスト、表などを適切に使って文書の論理構造を明確にします。
- メタデータの付与:文書タイトル、作成日、作成者、文書の種類、関連キーワードなどの情報を付与。AIの検索精度向上に役立ちます。
- 定期的な更新:情報が古くならないよう、更新ルールを明確にし、定期的なレビューを実施します。
- フィードバックの収集:AIの回答精度をモニタリングし、文書内容や整備方法の改善につなげます。
これらのステップは一度に完璧に行う必要はなく、優先度の高いものから段階的に進めていくことが現実的です。
AI活用の成功に向けて、まずは情報整理を!
生成AIは社内情報の検索や活用方法を劇的に変える可能性を秘めていますが、その能力を最大限に引き出すためには、AIが理解しやすいように社内文書を整備することが不可欠です。
本記事で解説した、明確性・簡潔性、構造化、一貫性、最新性、網羅性といった基本原則に基づき、文書整備の6つのステップを着実に進めてみてください。特に、これまで形式化されてこなかった暗黙知の文書化は、AI活用時代の競争力を左右する重要な投資といえるでしょう。
整理され構造化された情報は、AIだけではなく私たち人間にとっても探しやすく理解しやすいものです。結果として、業務の属人化を防ぎ、組織全体の知識レベルと生産性向上に貢献します。
特に法改正への対応や正確な情報提供が求められる労務管理の領域では、整備されたナレッジベースとAIの組み合わせは強力な武器となるはずです。社内文書の整備は一朝一夕に完了するものではありませんが、まずは身近な文書から、できるところから始めてみませんか?

当記事は、人間と生成AIの共同作業により執筆しています。
人とAIの作業比率 2:8