人手不足に悩む日本の企業にとって、人事労務管理の効率化は急務となり、多くの企業がAIの導入を検討しています。しかし人事労務の業務範囲は広く、どの業務からAIに任せていけばよいのかの答えはまだ出ていません。

この記事では、人事労務の中でもAIと相性のよさそうな採用、人事制度、社内コミュニケーションの3つを取り上げ、最も効率化できる業務は何かを探ります。

本記事では、ChatGPTだけでは実現できない機能も含めた、人事労務分野におけるAI活用について解説します。人事労務という専門領域においては、今後さまざまな専用ツールが開発されたり、既存のシステムにAIが統合されたりすることで、本稿で紹介する機能が実現可能になると予想されます。近い将来の展望も含め、現時点で生成AIが技術的に可能とする範囲まで幅広く解説しています。

1. 採用業務の効率化

人事部門の業務の中で、最もAIによる効率化の効果が高いのが採用業務です。採用には多くの時間と労力がかかるため、AIのサポートによる恩恵が特に大きいといえます。

求人票の作成やスクリーニング

SNS応募やWEB面接の一般化に伴い、採用のプロセスは増える一方ですが、このプロセス管理はAIの得意とする分野といえるでしょう。

求人票作成業務では、生成AIが既存の求人情報や市場データを分析し、魅力的でターゲットに響く表現を自動で作成できます。無意識の偏りを減らし、多様な人材に訴求する文言を生み出せるのがAIの強みです。たとえば「30代男性向け」の表現から「幅広い年齢層の方」向けの表現への動変換など、より包括的な表現に修正することも可能です。

応募者の選考プロセスでも、AIは大きな力を発揮します。膨大な数の履歴書や職務経歴書を分析し、求める人材像に合う候補者を瞬時に特定できます。初期スクリーニングをAIに任せることで、人事担当者は有望な候補者との面接や、より戦略的な採用活動に集中できるようになります。

面接準備や実施においても、AIは個々の職種や候補者に合わせた質問を自動生成します。評価基準と連携した質問リストを準備することで、一貫性のある選考が可能になり、採用の質も向上します。

候補者とのコミュニケーション

採用プロセスにおける候補者とのコミュニケーションも、AIで大きく効率化できる領域です。特に応募初期段階での問い合わせ対応は、AIチャットボットが24時間体制で担当できる可能性があります。

応募者からの「選考プロセスは?」「必要な資格は?」「勤務地は?」といった定型的な質問に自動回答することで、人事担当者の負担が激減します。AIチャットボットを会社の採用サイトに組み込むことで、応募者に即時に情報を提供できます。

システムを利用すると採用プロセスの進捗状況の通知や、次のステップの案内もAIが自動で行えます。これにより候補者体験が向上し、優秀な人材の獲得確率も高まるでしょう。

2. 人事制度設計の効率化

人事評価システムの設計や運用も、AIで効率化できる重要な領域です。

評価

特に評価基準の策定や評価シートの作成においても、AIのサポートは有効です。

AIは職務内容を分析し、役割に合った目標や評価指標(KPI)の案を自動で提案します。上司の評価コメントや同僚からのフィードバック、顧客の声なども一元化して、バランスの取れた評価の基礎を作成できます。評価で使う表現も整理され、わかりやすく一貫性のある文言を出してくれるでしょう。

業界標準に基づいた評価項目の生成も可能です。AIに詳しい職務説明を入力すると、会社の目標に沿った評価基準や必要な能力のリストを自動生成します。日本の業界標準や一般的な評価軸も考慮して、適切な評価システムが構築できます。

ただし職務内容や求められる役割は会社によって変わります。今後のAIは、会社の事業内容や現在の職務内容、目指す姿などを指示することで、果たすべき役割自体を定義することもできるようになるでしょう。

等級制度と給与体系

等級制度や給与体系の設計にもAIは役立ちます。社員の実績やスキル、キャリア志向を分析して、昇進パターンや成長機会を提案。様々な報酬体系をシミュレーションし、財務への影響を予測することで、より良い意思決定をサポートします。

この分野はデータを元にした分析が必要で、AIとの相性もよいため、今後は多くの企業がシステムを開発し、企業での活用も進むと想定されます。

3. 社内コミュニケーションの効率化

人事や労務施策や法改正の内容を社内に伝え、定着させるプロセスでもAIは役に立ちます。

説明資料の作成

複雑な就業規則や社内規程の要約は、AIが特に効果を発揮する分野です。長文の規則類を社員が理解しやすい形に変換し、重要ポイントを抽出して簡潔にまとめることができます。

福利厚生や人事手続きの説明も、AIを使って効率的に作成できます。AIチャットボットを導入すれば、社員からの「有給休暇の取り方は?」「育休の申請方法は?」といった質問に24時間対応可能。個々の社員の状況に応じたパーソナライズされた情報提供も実現します。

視覚資料の作成もAIの強みです。テキスト情報から図やフローチャート、グラフを自動生成できます。複雑な手続きや組織構造を視覚的に表現することで、社員の理解度が高まります。

社員への共有

説明資料を作成したあとは、社内へ説明を行います。人事労務に関する説明は用語も難しく、社員にとってはネガティブな内容が含まれる可能性もあるため、うまくコミュニケーションをとる必要がありますが、社内連絡や発表のための文章作成もAIで大幅に効率化できます。

全社への通知や方針変更の案内など、さまざまな社内文書をAIで素早く作成することで人事チームの作業負担が軽減します。部署や職層に合わせたメッセージのカスタマイズも容易で、社員のエンゲージメント向上も期待できそうです。

最も効率化できるのは採用業務

3つの業務領域を見てきましたが、AIによる効率化のインパクトが最も大きいのは「採用業務」ではないでしょうか。求人票作成から候補者スクリーニング、初期コミュニケーション、面接準備まで、採用プロセス全体をAIでサポートすることで、時間とコストの大幅な削減が可能です。

また採用業務は、サイトの閲覧数やスカウト送信数、応募数など、数値化できる要素が多いのもAIに任せやすい理由です。歩留まりが悪化しているプロセスの改善に、スピードを持って取り組むためのよきサポートを受けることができそうですし、社内への数字報告もしやすい分野といえるでしょう。実際に、既に多くの企業が採用領域へのAI導入を進めており、成果を上げています。

人事制度設計と社内コミュニケーションについてもAIの活用は効果的です。複雑な制度や規則の要約や福利厚生の説明、社内通知の作成など、文書業務の多くをAIが支援できます。AIチャットボットによる社員からの問い合わせ対応も、人事部門の大きな負担軽減につながります。

AIの注意点も理解し、AIを人事労務業務に活用する

生成AIの活用には大きなメリットがある一方で、導入時に注意すべき点もあります。

まずは倫理面への配慮です。特に採用や評価において不公平な結果を招かないよう、バイアスの検出と対策が必要です。AIの使い方や判断基準の透明性を確保し、社員の信頼を維持することも大切です。

データの取り扱いとセキュリティも重要な課題です。人事部門は個人情報を扱うため、AIツール導入には強固なセキュリティ対策が不可欠。個人情報保護法などの関連法規を遵守し、データの適切な取り扱いに関する明確なガイドラインを確立しましょう。

AIが生成する情報の正確性も常に検証する必要があります。生成AIは「ハルシネーション」と呼ばれる誤情報を作り出すことがあるため、重要な文書や判断に使用する前には、必ず人による確認が必要です。

しかし恐れる必要はありません。AIと人が適切に役割分担を行えばリスクは軽減できます。AI技術を人事業務に導入する際は、単なる効率化だけでなく、「人を大切にする人事」という本質を見失わないことが重要です。AIは人事担当者の戦略的思考や創造性を発揮するための時間を創出する道具と捉え、最終的な判断や人間関係の構築は人が担うという姿勢を持ちましょう。