AI導入はもはや大企業だけのものではありません。近年、中小企業もバックオフィス業務の効率化を目指してAI導入に乗り出しています。

しかし、人材・予算・知識の限られた中小企業にとって、AI導入は簡単なことではありません。また導入したはいいものの、効果測定をする方法や、目標の定め方が難しいという声も多く聞かれます。

本記事では、中小企業がバックオフィスにAIを導入する際の失敗事例と、その失敗を回避するための「測定指標(KPI)」をご紹介します。

中小企業のAI導入率は73%

日本の中小企業のAI導入率は、まだまだ低い状況が続いています。総務省が2019年に発表した「令和元年版情報通信白書」によれば、AIを業務に導入している大企業は16.5%、中小企業はわずか5.6%にとどまっていました。

しかし2023年以降、生成AI(ChatGPTなどの文章を自動生成するAI)の普及などを理由として、状況が急変しつつあります。2023年春には業務で生成AIを利用したことがある企業は約10%だったものが、同年秋には73%にまで急増しました。この変化は、中小企業においてもAIが身近になりつつあることを示しています。

業種別に見ると、AI導入が進んでいるのは情報通信業、金融・保険業、電気・ガス・水道業など、データ活用と効率化が特に求められる業界です。

一方で中小企業がAI導入を進める上でのハードルも存在します。

【AI導入の主なハードル】

  • 導入コストとリソースの不足
  • 経営層のAIに対する理解不足
  • 費用対効果のわかりにくさ
  • AI活用に必要なスキルやノウハウの不足
  • 具体的な活用アイデアの不足

それでも、経理・人事・総務などのバックオフィス業務では、すでに多くの企業でAI活用が始まっています。人事部門では採用候補者の選別やAIチャットボットによる問い合わせ対応、総務部門では社内FAQの自動作成などに活用されています。

AI導入が失敗する主な原因

しかし、中小企業がバックオフィス業務にAIを導入しようとして失敗するケースは少なくありません。失敗の主な原因は以下の5つに分類できます。

1. 導入前の準備不足 

「なんとなく流行だからAIを導入したい」という曖昧な目的では、具体的な効果を期待できません。また、今の業務の進め方を十分に分析しないまま導入すると、AIが既存の業務の流れに合わないことがあります。さらに、AIの学習に必要なデータが足りなかったり、質が低かったりすると、AIの能力を十分に引き出せません。

2. 現場の抵抗

社員は「AIによって自分の仕事が奪われるのでは」という不安を抱きがちです。また、新しいシステムへの移行にためらいを感じたり、操作方法に不安を感じたりすることもあります。導入の目的やメリットが現場に十分に伝わっていないと、協力的な姿勢を得られにくくなります。

3. 技術的な課題 

既存の基幹システムや業務システムとうまく連携できないと、データのやり取りが難しくなり、AI導入の効果が半減します。また、導入したAIの精度が期待通りでないこともあります。過度な期待を持ちすぎたり、使う範囲を広げすぎたりすることも失敗につながります。

4. コスト超過 

初期費用や運用費用の見積もりが甘かったり、予想外の追加コストが発生したりすることがあります。また、データの準備やシステムの保守といった「隠れたコスト」を見落としがちです。

5. 効果測定の不備 

導入効果を測るための指標(KPI:重要業績評価指標)が設定されていなかったり、適切でなかったりするケースが多く見られます。効果測定のタイミングや方法が明確でないと、プロジェクトの進み具合や成果を適切に評価できません。

バックオフィスAI導入計画、5つの成功ポイント 

上記は、AI導入の目的やプロセス管理方法がハッキリしていないために発生する課題でもあります。以下の5つのポイントを踏まえ、導入計画を立てていきましょう。

ポイント1:明確な目標設定と周到な計画

 「経理業務の請求書処理時間を50%削減する」「人事部門の問い合わせ対応を自動化する」など、具体的な目標を設定しましょう。今の業務の進め方を詳しく分析し、ネックになっている部分や、繰り返し作業が多く自動化に向いている業務を特定します。目標達成のための指標(KPI)を定め、プロジェクト全体の予定や必要な人員・予算を計画しましょう。

ポイント2:現場との連携と社員の巻き込み 

AI導入の目的とメリットを丁寧に説明し、社員の理解を得ることが大切です。「単純な作業から解放され、より創造的な仕事に集中できるようになる」などのメリットを具体的に伝えましょう。社員の意見や心配事を積極的に聞き、導入計画に反映させる姿勢を示すことも重要です。社員の代表をプロジェクトチームに含めるなど、参加意識を高める工夫も効果的です。

ポイント3:段階的な導入と適切な技術選び 

最初から大規模な導入を行うのではなく、実証実験(PoC)から始めましょう。特定の業務や部門に限定して試験的にAIを導入し、効果を確かめます。試験導入の結果をもとに、本格導入の範囲を徐々に広げていくことで、リスクを最小限に抑えられます。自社の課題やニーズに合ったAIツールを選ぶことも重要です。既存のITシステムとの連携のしやすさや将来的な拡張性も考慮しましょう。

ポイント4:コスト管理と投資対効果の意識 

AI導入には、初期費用(システム構築、ライセンス、コンサルティング、データ準備、研修)、運用費用(クラウドサービス利用料、メンテナンス、AIモデルの再学習、サポート)、保守費用(アップデート、セキュリティ対策、障害対応)がかかります。中小企業の場合、月額料金制のSaaS型(ソフトウェアをサービスとして提供)のAIサービスを活用することで初期投資を抑えられます。投資対効果(ROI)を意識し、国や自治体の補助金や助成金制度も活用しましょう。

ポイント5:導入後の効果測定と改善サイクルの確立 

導入前に設定した指標(業務処理時間の短縮率、コスト削減額、社員満足度など)に基づき、定期的にAI導入の効果を評価します。社員からの意見を集め、改善点を見つけることも重要です。PDCAサイクル(計画・実行・評価・改善)を回し、AIモデルの再学習、業務の進め方の改善、運用方法の見直しなどを継続的に行うことで、AI導入の効果を最大化できます。

効果を最大化する具体的な指標(KPI)

AI導入の効果を客観的に評価するには、適切で具体的な指標(KPI)の設定が欠かせません。業務内容によって最適な指標は異なりますが、以下のような例が考えられます。

業務効率化の指標

  • 業務処理時間の短縮率(例:請求書処理時間が30%短縮)
  • 1日あたりのタスク完了数(例:対応できる問い合わせ件数が2倍に)
  • 人的リソース削減率(例:作業工数が40%削減)

コスト削減の指標

  • 人件費削減額(例:残業代が月20万円減少)
  • 運用コスト削減額(例:年間経費処理コストが15%削減)
  • ミスによる損失削減額(例:入力ミスによる損失が90%減少)

満足度の指標

  • 社員満足度調査の結果(例:満足度が20%向上)
  • 離職率の変化(例:離職率が5%低下)
  • 顧客満足度調査の結果(例:対応満足度が15%向上)
  • 問い合わせ対応時間の短縮率(例:平均対応時間が10分から2分に)

AIシステム利用状況の指標

  • チャットボットの利用回数(例:月間利用数1,000回)
  • 問題解決率(例:80%の問い合わせがAIで解決)
  • 人間オペレーターへの引き継ぎ率(例:引き継ぎ率15%以下)

これらの指標を導入前に設定し、定期的に測定することで、AIの効果を「見える化」し、継続的な改善につなげることができます。数字で表せる指標(定量的)と感覚的な指標(定性的)をバランスよく設定することがポイントです。

バックオフィスのAI導入は「小さく始めて大きく育てる」

バックオフィスにAIを導入する際は、「小さく始めて大きく育てる」アプローチが効果的です。本記事でご紹介した5つのコツをまとめると以下になります。

  1. 明確な目標設定と周到な計画
    具体的な目標を定め、業務の進め方を分析し、指標を設定する
  2. 現場との連携と社員の巻き込み
    目的とメリットを丁寧に説明し、社員の参加意識を高める
  3. 段階的な導入と適切な技術選び
    実証実験から始め、自社の課題に合ったツールを選ぶ
  4. コスト管理と投資対効果の意識
    初期・運用・保守費用を把握し、月額制サービスの活用や補助金も検討する
  5. 導入後の効果測定と改善サイクルの確立
    指標を定期的に測定し、PDCAサイクルを回す

AI技術は日々進化しており、バックオフィス業務においてもその影響はますます大きくなっています。大企業だけでなく中小企業も、AI導入への一歩を踏み出すことで、持続的な成長と競争力強化を実現できるでしょう。

ただし、AI導入は目的ではなく手段であることを忘れてはいけません。自社の課題解決や業務効率化という本来の目的を見失わず、現場の声に耳を傾けながら、着実に導入を進めていくことが成功への近道です。まずは小さな成功体験を積み重ね、組織全体のAIへの理解度を高めていくことから始めてみてはいかがでしょうか。