2025年4月から施行された育児・介護休業法では、子の看護休暇の対象範囲が拡大され、柔軟な働き方を実現する措置が義務化されました。もしAIが古い情報を元に回答し、労務担当者がその間違いに気付かなければ・・・意図せず法令違反を招くかもしれません。

ChatGPTに「残業代の計算方法を教えて」と聞けば、即座に詳しい説明が返ってきますが、その内容が最新の法改正を反映しているか、自社の就業規則と整合するかは別問題です。

では、新人の労務担当者はAIを使わない方がよいのでしょうか。そうではありません。AIを「信頼できるパートナー」として活用し、最終判断は人間が行う。この使い分けこそが、これからの労務担当者に求められる新しいスキルなのです。

AIの回答はなぜ「鵜呑み厳禁」なのか

労務管理でのAI使用で慎重さが求められる背景には、AIという技術の本質的な特性があります。

まず理解すべきは「ハルシネーション」と呼ばれる現象です。これはAIが事実に基づかない、もっともらしい誤情報を生成してしまうことを指します。たとえば「子の看護等休暇の内容」について聞いたとき、AIは自信満々に回答するでしょう。しかし、それが2025年4月の法改正を反映していなければ、古い情報に基づいた不正確な内容になってしまいます。

さらに深刻なのは、法律の「一般論」と「個別事情」の違いをAIが理解できないことです。日本の労働法では、特に懲戒処分や解雇の場面で「社会通念上相当であるか」という、極めて繊細な判断が求められます。遅刻を繰り返す従業員への対応一つとっても、その背景にある家庭の事情、会社側の指導が十分だったか、他の従業員への影響など、さまざまな要素を総合的に考慮する必要があります。

そして見過ごせないのが、情報漏洩のリスクです。公開版のChatGPTに従業員の個人情報や会社の機密情報を入力することは、個人情報保護法違反につながる可能性があります。AIサービスの多くは、入力されたデータをモデルの学習に利用することがあるため、意図せず情報が流出する危険性をはらんでいるのです。

労務担当者は従業員の極めてセンシティブな情報を扱う立場にあります。AIの便利さに目を奪われて安易に情報を入力する前に、まず自社でAI利用に関する明確なガイドラインを策定することが重要です。

根拠を持つ習慣が、AIを味方に変える

AIを安全に活用するために最も重要なのは「その情報の根拠は何か」を常に問う習慣をつけることです。

AIから回答を得たら、まず「この情報はどこから来たのか」と自問してください。根拠が示されていない情報は、単なるAIの「意見」に過ぎません。労務分野に特化したAIツールの中には、回答の根拠となった法律の条文や行政通達、判例へ直接リンクする機能を備えているものもあります。こうしたツールは検証作業を大幅に効率化してくれます。

次に重要なのは、一次情報に自ら当たることです。労務担当者にとって、e-Gov法令検索や厚生労働省のQ&Aは、いわば「公式マニュアル」です。e-Govでは「労働基準法」と検索すれば最新の条文を確認でき、特定のキーワードで条文内を検索することもできます。厚生労働省のQ&Aは、法律の条文だけでは読み解きにくい細かな運用ルールや行政の解釈を示してくれます。

最初は難しく感じるかもしれません。しかし、AIの回答を検証する際にこれらのサイトを開いて該当箇所を確認する習慣をつければ、情報の正確性を担保し、自信を持って業務を遂行できるようになります。

さらに、複数のツールで「ダブルチェック」することも効果的です。一つのAIモデルの回答を過信せず、異なるAIツールや検索エンジンで同じ質問を投げかけてみましょう。もし回答が食い違ったり、重要な点で言及内容が異なったりした場合は、その情報が不確かである可能性が高いと判断できます。この一手間が、誤った情報に基づく判断ミスを防ぐセーフティネットになるのです。

質問の仕方で、AIの回答は劇的に変わる 

AIから得られる回答の質は、あなたの「質問力」に大きく左右されます。曖昧な質問では、曖昧な回答しか返ってきません。では、どのように質問すればよいのでしょうか。

たとえば「育児休業について教えて」という質問では、AIは何を基準に、誰に向けて、どのレベルの情報を答えればよいか分かりません。これを次のように具体化してみましょう。

「あなたは日本の労働法、特に育児・介護休業法に精通した社会保険労務士です。2025年4月1日施行の改正法の内容を反映し、従業員数300名の製造業に勤務する男性正社員を対象に回答してください。子が1歳になる父親が育児休業を取得する場合の主な注意点を、会社側と本人側の双方の視点から、専門用語を避けて説明してください」

このように、役割、前提知識、文脈、対象者の属性、出力形式などを具体的に指示することで、AIはより的確で実用的な回答を生成します。こうした「プロンプトエンジニアリング」と呼ばれるスキルを磨くことが、AIを優秀なアシスタントに変える鍵となります。

ただし、どれだけ優れた回答が得られても、最終判断は必ず人間が行わなければなりません。AIはあくまで意思決定を支援するツールです。その情報が自社の状況に本当に適合するのか、他の規定との整合性は取れているか、そして何よりも、その判断が従業員に対して公正で倫理的であるか。これらの最終的な検証と意思決定は、人間の専門家でなければ行えない領域なのです。

汎用AIと労務特化型AI、その決定的な違い

AIと一言でいっても、その特性はさまざまです。労務管理という専門性の高い業務では、ツールの特性を理解し、目的に応じて使い分けることが極めて重要になります。

汎用AI(ChatGPTなど)を専門的な労務相談に使うのは、万能な家庭用包丁で精密な外科手術に挑むようなものです。ある程度は使えるかもしれませんが、専門的な作業には向いておらず、リスクが高くなります。一方、「HRbase」などの労務特化型AIは、特定の目的に合わせて設計された「専門の手術道具」に相当します。

両者の最も大きな違いは、情報源と正確性にあります。汎用AIはインターネット上の膨大で不透明なデータから学習しているため、ハルシネーションのリスクが高く、知識のカットオフ日(知識の学習日)も存在します。対して労務特化型AIは、厳選・検証済みの法律、規則、専門家の知見を情報源とし、法改正にも迅速に対応できるよう設計されています。

特に注目すべきは「根拠の提示」機能です。労務特化型AIの多くは、回答の根拠となった法律の条文や公式Q&Aへワンクリックでアクセスできる機能を持っています。これは単なる便利機能ではありません。労務担当者が抱える「この回答は本当に正しいのか」という根源的な不安を解消し、AIと専門家の間にある「信頼のギャップ」を埋める重要な橋渡しの役割を果たすのです。

労務担当者としては、情報収集の初期段階では汎用AIを壁打ち相手として使い、具体的な法令解釈や実務対応を調べる際には労務特化型AIや一次情報を活用するなど、戦略的な使い分けが求められます。

戦略的人事への進化、AIがもたらす新たな可能性

AIを「信頼できるパートナー」として活用することで、労務担当者の役割は大きく変わります。これまで情報収集や定型的な問い合わせ対応に費やしていた膨大な時間をAIに任せることで、本来注力すべき、より付加価値の高い業務に時間を再投資できるようになるのです。

それは、従業員一人ひとりと向き合い、キャリアの悩みに耳を傾けることかもしれません。複雑な人間関係のもつれを解きほぐし、より良い職場環境を構築することかもしれません。あるいは、法改正を後追いで対応するだけでなく、将来のリスクを予測し、攻めのコンプライアンス戦略を立案することかもしれません。

AIは間違いなく強力なツールです。しかし、その力を最大限に引き出す鍵は、AIを盲信するのではなく、本記事で紹介した「検証法」——根拠を問う、一次情報に当たる、ダブルチェックする、質問力を磨く、最終判断は人間が行う——を通じて、AIを常に人間の専門家がコントロール下に置くことにあります。

この規律あるプロセスを習慣化することで、AIはリスクの源泉から、信頼できるパートナーへと変わります。そして労務担当者は、日々の煩雑な業務から解放され、企業の成長を支える「戦略的人事」の担い手へと進化することができるのです。その未来に向けた第一歩が、AIの回答を正しく見抜く力を、今、身につけることに他なりません。