生成AIを知ろうと思っても専門用語が多く、「難しそう」と感じている方も多いのではないでしょうか。

AIを「よく分からない技術」から「使える道具」に変えるための第一歩として、まずは言葉の意味を理解することから始めることをおすすめします。正しい知識を身につければ、AIのメリットを最大限に活かしながら、リスクを適切に管理できるようになります。

本記事では、人事労務担当者が押さえておくべきAIの基本用語を、実務での活用例を交えながら分かりやすく解説します。

【用語1】大規模言語モデル(LLM):言葉を生み出す「ものしりな頭脳」

ChatGPTのような対話型AIの心臓部となるのが「大規模言語モデル(LLM)」です。インターネット上の膨大な文章や書籍を読んで学習した、非常に賢い頭脳のようなものだと考えてください。

LLMの仕組みはシンプルです。入力された文章の続きに、「次に来る確率が最も高い言葉は何か」を予測し、それを繰り返すことで自然な文章をつくり出します。人間が会話するときに、相手の話を聞いて適切な返答を考えるのと似ています。

人事労務業務では、このLLMの力をさまざまな場面で活用できます。社内報や通知文のたたき台作成、社員満足度アンケートの自由回答分析、人事労務関連のよくある質問に答えるチャットボットの開発など、文章が必要な業務を大幅に効率化できます。ただし、法律文書の要約など正確性が求められる作業では、後述するハルシネーションに注意が必要です。

【用語2】プロンプト:AIへの上手な「お願いの文章」

「プロンプト」とは、AIにやってほしいことを伝える「指示」や「質問」のことです。そして、AIから質の高い回答を引き出すために、この「お願い」を工夫する技術を「プロンプトエンジニアリング」と呼びます。

AIは優秀な部下のようなものです。指示が具体的で分かりやすいほど、期待通りの仕事をしてくれます。「何か書いて」という曖昧な指示より、「新卒採用説明会の案内文を、大学3年生向けに親しみやすい文体で300字程度で作成して」という具体的な指示の方が、はるかによい結果が得られるのです。

人事労務担当者が上手なプロンプトを書けるようになれば、AIは頼れるパートナーになります。「営業職の中途採用で使える面接質問を10個作成して」「この会議の議事録を要約して、決まったことと担当者をリストにまとめて」「新入社員向けに、会社の服務規律について分かりやすく説明する文章を書いて」など、日々の業務で即座に活用できます。

【用語3】ハルシネーション:AIがつく「もっともらしいウソ」 

「ハルシネーション」とは、生成AIが事実ではない情報を、まるで本当のことのように答えてしまう現象です。「AIが見る幻覚」とも言われますが、要はAIが知ったかぶりをして、もっともらしいウソをついてしまうことです。

この現象が起こる理由は、AIが「確率的に次に来そうな言葉」を予測しているからです。知らないことでも、それらしい文章を書けてしまうのです。たとえば実在しない労働法の条文を引用したり、架空の判例をつくり出したりすることがあります。

正確さが命の人事労務領域では、これは非常に危険です。間違った法律知識に基づいてアドバイスしたり、存在しない判例を引用して懲戒処分を検討したりすれば、大きな問題につながります。対策として、AIの回答は絶対に鵜呑みにせず、必ず人間の目で事実確認を行うことが鉄則です。

【用語4】ファインチューニング:AIを「自社専用」に育てる

「ファインチューニング」とは、もともと博識なAIに、自社の社内用語や過去の資料、独自のルールなどを追加で学習させ、自社に特化したAIにカスタマイズすることです。優秀な中途採用社員に、自社の文化や仕事の進め方を教え込むイメージです。

たとえば、自社独自の人事評価制度や、業界特有の専門用語、過去の採用面接の記録などを学習させることで、より実務に即した回答ができるAIを育てることができます。「うちの会社の評価基準に照らすと、この候補者はどう評価されるか」といった、自社ならではの判断もできるようになります。

ただし、ファインチューニングには専門的な技術と時間、コストが必要です。まずは汎用的なAIを使いこなし、本当に必要な場合に検討するのが現実的でしょう。多くの企業では、次に紹介するRAGという技術の方が導入しやすい選択肢となっています。

【用語5】 RAG(検索拡張生成):AIに「最新・社内資料」をカンニングさせる技術

「RAG(Retrieval-Augmented Generation)」は、AIが回答する前に、指定された最新の資料や社内データベースをリアルタイムで検索し、その内容を参考にして答えを生成する技術です。いわば、AIに「カンニングペーパー」を持たせるようなものです。

人事部門では、社内規程集や最新の労働法令、過去の事例集などをRAGで参照できるようにすることで、「育児休業の取得条件は?」「36協定の更新手続きは?」といった問い合わせに、常に正確な回答ができるシステムを構築できます。ファインチューニングより導入が容易で、即効性も高い技術です。

この技術の最大のメリットは、常に最新かつ正確な情報に基づいて回答できることです。就業規則が改定されても、新しい人事制度が導入されても、RAGがあれば最新の情報を参照して答えてくれます。ハルシネーションのリスクも大幅に減らせるため、実務での信頼性が格段に向上します。

【用語6】マルチモーダルAI:「文字+画像+音声」を理解するAI

「マルチモーダルAI」は、これまで主流だった文字(テキスト)だけではなく、画像、音声、動画など、複数の種類の情報を同時に理解できるAIです。人間が目と耳で状況を判断するように、AIもより豊かに物事を理解できるようになります。

人事労務業務での活用例は多岐にわたります。手書きの履歴書を読み取って自動でデータ化したり、面接の録画を分析して候補者の表情や声のトーンから印象を数値化したり、研修動画の内容を要約してレポートを作成したりできます。

今後、この技術がさらに進化すれば、オンライン面接での候補者の反応をリアルタイムで分析したり、社員の表情や声から職場のエンゲージメントを測定したりすることも可能になるでしょう。ただし、プライバシーや倫理的な配慮も必要となるため、導入には慎重な検討が求められます。

【用語7】バイアス:AIが持つ「偏見」や「先入観」

「バイアス」とは、AIが学習したデータに含まれる偏りを、そのまま「偏見」や「先入観」として身につけてしまうことです。公平さが何よりも大切な人事の仕事において、これは非常に注意すべき問題です。

具体的な例を挙げると、過去の採用実績データに男性が多かった場合、AIが「この会社は男性を好む」と学習し、女性候補者の評価を不当に低くしてしまう可能性があります。また、特定の部署の評価が過去に高かった場合、その部署の社員というだけでAIが評価をかさ上げしてしまうこともあります。

対策として重要なのは、AIを過信しないことです。AIが提示した候補者リストや評価の分析結果は、あくまで参考情報として扱い、最終判断は必ず人間が行うべきです。また、AIの判断に不自然な偏りがないか、定期的にチェックする仕組みをつくることも大切です。

【用語8】学習データ:AIが賢くなるための「教科書」

「学習データ」とは、AIが賢くなるために使われた膨大な量のテキストや画像、プログラムコードなどの情報のことです。AIにとっての「教科書」や「教材」だと考えてください。

なぜこの言葉が重要かというと、AIの性能や特性は、この「教科書」の質と量に大きく左右されるからです。偏った教科書で学べば偏ったAIになり(バイアスの原因)、教科書に載っていないことは知らないか、ウソをついてしまいます(ハルシネーションの原因)。

人事労務担当者は、利用を検討しているAIが「どんな教科書で学んだのか」を意識することが大切です。インターネット全般の情報を広く学んだAIは一般的な知識は豊富ですが、最新の法律や自社の内規といった専門的なことは知りません。そのため、法律相談や社内ルールの問い合わせにそのまま使うのは危険、という判断ができるようになります。

【用語9】社内ガイドライン:AIを安全に使うための「交通ルール」

「社内ガイドライン」とは、社員が安心して、かつ安全にAIを使うために、会社として定める「AI利用の公式ルールブック」のことです。AIを社内で使うための「交通ルール」と考えると分かりやすいでしょう。

ルールがないと、個人情報の漏洩やバイアスによる不公平な判断など、さまざまなリスクが発生してしまいます。そのためガイドラインは、社員と会社の両方を守るために不可欠です。

難しい内容である必要はありません。まずは基本的なルールを定めることが大切です。どんな目的でAIを使ってよいか(利用目的)、個人情報や機密情報の入力禁止など、やってはいけないこと(禁止事項)、AIの回答は鵜呑みにせず必ずファクトチェックすること(出力の扱い)、困ったときに誰に相談すればよいか(責任者)などを明文化しましょう。

【用語10】AIリテラシー:AIと上手に付き合うための「総合力」

「AIリテラシー」とは、今回解説してきたようなAIの基本を理解し、その能力と限界を知った上で、日々の業務に賢く、正しく活用していくための総合的な力のことです。

AI技術はこれからもどんどん進化していきます。人事労務担当者がAIリテラシーを身につけることで、自社の課題解決に本当に役立つAIツールを見極められるようになります。また、AI導入による業務効率化をリードし、AIのリスクを正しく理解して社内の安全な利用を促進できるようになります。

AIを「よく分からない魔法」ではなく「便利な道具」として使いこなすために、継続的に知識をアップデートしていく姿勢が、これからの人事労務担当者には求められます。技術の進化は速いですが、基本をしっかり押さえておけば、新しい技術にも対応できるはずです。

自社の課題解決にAIを正しく活用しよう

生成AIは人事業務を大きく変革する可能性を秘めていますが、その活用には正しい理解が不可欠です。本記事で紹介した10の基本用語は、AIを実務で活用するための土台となる知識です。

LLMとプロンプトの基本を理解し、ハルシネーションやバイアスといったリスクを認識する。そして、ファインチューニングやRAG、マルチモーダルAIなどの応用技術を知り、適切な学習データを持つAIを選ぶ。組織として社内ガイドラインを設け、AIリテラシーを高めていく。このようなステップを踏むことで、AIのメリットを最大限に活かしながら、リスクを適切に管理できるようになります。

生成AI技術は今後も急速に進化していきます。人事労務担当者として重要なのは、最新技術を追いかけることよりも、基本を押さえた上で自社の課題解決にどう活用できるかを考えることです。今回学んだ用語を足がかりに、ぜひ実務での活用にチャレンジしてみてください。AIは正しく使えば、人事労務担当者の強力な味方になってくれるはずです。