社会保険労務士で、株式会社HRbase代表の三田です。
労務相談プラットフォーム「HRbase」を提供しており、現在は労務管理領域に特化したAIエージェントの開発を進めています。

2025年は「AIエージェント元年」とも言われる年になりましたが、人事労務の現場にいる方にとってはまだまだ遠い存在かもしれません。しかしAIの進化は驚く速さで、数年後にはAIエージェントを使いこなすことが業務の当たり前になっている可能性は非常に高いでしょう。

当記事では、AIエージェントとは何かということと、HRbaseが目指すこれからの労務管理の世界について解説させていただきます。

AIが賢くなって身に付けた「推論能力」

「AIエージェント」はまだ生まれたての言葉です。定義も定まっていませんが、HRbaseでは「問題を自律的に計画し、実行できるAI」だと捉えています。

皆さんもお気づきのように、AIは日々驚くほど賢くなっています。この「賢さ」をもう少し分解すると、AIの「推論能力」が格段に向上したということになります。

私たちはひとつの業務を行う際に、無意識のうちに細かいタスクに分解しています。たとえば「クライアントに提案に行く」という目的のために、「クライアントについて調べる」「自社の資料をまとめる」「提案書を作成する」「日程調整をする」といった具合にです。そして、それぞれのタスクを実行するために「パワーポイントを使う」「カレンダーを共有する」などのように、具体的なツールを使いこなしていきます。

AIエージェントは、この人間の思考プロセスを真似することができるAIです。目的を与えられ、その推論能力でタスクを細分化し、それぞれのタスクに最適なツールや機能を自律的に判断して実行できる、まさに「エージェント」なのです。

現在のAIのように「ただ情報を探してくる」だけではなく、具体的なアクションまで起こせるAIと捉えていただければよいかと思います。

その最たる例が、OpenAIがリリースした「ChatGTPエージェント」です。ブラウザを操作してウェブサイトをリサーチしたり、ホテルの空室状況を確認したり、さらには複数のウェブサイトを横断して情報を集計し、プレゼン資料を作成するといったこともできるようになっています。

これは恐ろしいことでもありますが、同時に私たちの働き方を根本から変える可能性を秘めています。AIが人間と同じようにパソコンを操作し、多くのタスクを代行する。人事労務の世界にも、そのような未来がすぐそこまで来ているのです。

人間はAIに内包されてしまうのか

AIが進化していく中で、「人間はどうなるのか?」という議論がよく聞かれます。AIがすべてをこなすようになったとき、人間に残る役割は何なのかと。

多くの人は「人間は人とかかわるのが好きだから、対面でのコミュニケーションはなくならない」と言うでしょう。それは確かに一理あります。しかし、もう一つの世界線も存在します。それは、「AIの後ろ側に人間が存在する世界」です。

SFのような話ですが、十分にありえる未来です。たとえば水道が壊れたとしましょう。今なら水道屋さんや管理会社に電話しますよね。でも、もし対話型AIがさらに発展したら、私たちはまずAIに相談するようになるかもしれません。なぜなら、AIが最も多くの情報を持っていて、最適な解決策を提案してくれるからです。

AIは私たちの相談を受け、最も安くて信頼できる水道業者を探し、予約まで完了させてくれます。私たちは水道屋さんと直接話す必要はなく、AIとの対話だけで済んでしまう。そして、水道屋さんが実際に家に来てくれたときに初めて、人間同士のコミュニケーションが生まれるという世界です。

契約書のチェックも同じです。AIに契約書をアップロードすれば、AIがまず内容を精査し、必要であれば専門の弁護士にチェックを依頼します。その結果をAIが私たちに報告してくれる。私たちはどの弁護士に依頼したかを知る必要はなく、ただ「弁護士チェック済み」という事実と、その費用を払うだけで済みます。

こうした世界では、人間はAIに内包され、その一部として機能するようになるかもしれません。感情や対面のやりとりを抜きにすれば、圧倒的に便利ですよね。

もちろん「AIなんて信頼できない」「やっぱり人対人だ」という声も根強く残っています。しかし電通の調査によると、AIを使っている人々の間では、すでに「気軽に感情を共有できる相手」として、親友や母親を超えてAIが上位にランクインしているというデータもあります。これは、AIが人を傷つけず、いつでも話を聞いてくれるからです。ハルシネーション(AIが嘘の情報を生成すること)の問題はあれど、相談相手としてはすでに優秀なのかもしれません。

本当に人がAIに勝てるのか。私たちはこの問いを真剣に考える必要があります。

労務管理特化型のAIエージェントとは

こうしたAIエージェントの進化を前提に、私たちは労務管理の世界を再構築しようとしています。

ChatGTPがどれだけ進化しても、労務管理に精通することはありません。なぜなら、労務には法律や社内ルールといった専門的な知識が必要だからです。

たとえば「従業員が妊娠した」という事象に対して、AIが推論だけで次に何をすべきかを判断することはできません。社会保険や助成金、育児休業といった専門的な知識が必要になります。

だからこそHRbaseは、「従業員が妊娠した」という事実を伝えるだけで、人間の専門知識も活用してタスクを実行してくれるAIエージェントを開発しようと考えています。

HRbaseはこれまで、労務管理に必要なタスクや知識を集約し、人間の手で労務資料を作成し続けてきました。これこそが、AIエージェントが労務管理において真価を発揮するための重要なカギになります。

労務担当者の役割はどう変わる?

それでは、企業の労務管理担当者の役割はどうなるでしょうか。

AIエージェントが一般的な労務管理の知識やノウハウを持つようになっても、労務担当者の存在価値がなくなることはありません。むしろ、これまでとは異なる重要な役割が求められるようになります。

1. AIへの「指示出し」のプロフェッショナルへ

労務担当者の主要な業務は、AIエージェントへの適切な指示出しになります。AIは一般的な労務管理の知識は豊富に持ちますが、それだけでは十分ではありません。適切な成果を得るためには、状況を正確に伝え、求める結果を明確にする能力が不可欠です。これは、単なる操作スキルではなく、問題を分析し整理する高度な専門性が求められる業務です。

2. 企業の内情を理解する唯一無二の存在へ

労務担当者の最大の強みは、自社の内情を深く理解していることです。企業の文化、組織の特性、従業員一人ひとりの状況、経営陣の方針や判断基準など、AIには決して理解できない「生きた情報」を持っています。

AIエージェントがどれだけ優秀でも、「この会社では◯◯の場合はこう対処する」「この部署の特性を考えると△△のアプローチが効果的」といった、企業固有の文脈を理解することはできません。労務担当者は、こうした内情をAIに伝え、最適な解決策を導き出すための重要な橋渡し役となります。

3. 責任を伴った最終判断を行う立場へ

AIエージェントは情報収集や選択肢の提示は得意ですが、責任を取ることはできません。特に労務管理の現場では、グレーゾーンの判断や微妙な人間関係への配慮が求められる場面が数多くあります。

たとえば、メンタル不調の従業員への対応や、人事上の難しい決定、労使間の調整など、AIの提案を参考にしながらも、最終的な判断と責任は人間が担う必要があります。労務担当者は、AIが提示する複数の選択肢の中から、企業の状況と価値観に最も適したものを選択する「意思決定者」としての役割を果たします。

4. 従業員との人間関係を築く専門家へ

AIエージェントが労務管理にかかわるようになったとき、従業員は「なぜAIに指示されなければならないのか」という感情を抱く可能性があります。人事異動の通知や勤怠管理の指摘、各種手続きの案内などでは、AIからの連絡に対して感情的な反発を示すケースも考えられます。

そこで重要になるのが、労務担当者と従業員との人間関係です。日頃から信頼関係を築いている労務担当者だからこそ、AIでは伝えきれない繊細な内容も適切に伝達できます。また、従業員の真意や悩みを引き出し、表面的には見えない問題を発見することも、人間ならではの役割です。

5. AIと人をつなぐインターフェースとしての機能へ

労務担当者は、AIエージェントと従業員をつなぐインターフェースとしての重要な機能を担います。AIが提案した解決策を人間らしい言葉で伝え直したり、従業員の感情的な反応をAIが理解できる形で翻訳したりする役割です。

これは単なる「通訳」ではありません。企業の人事労務方針をAIに正しく理解させ、同時に従業員にとって納得感のある形で施策を実行するための、高度なコミュニケーション能力が求められる業務です。

AIエージェントを使いこなせる強さと柔軟さを

労務担当者が「自分の会社をどうしたいのか」を明確にさえすれば、その理想に向けて動いてくれるAI。それこそが、HRbaseが開発している労務管理AIエージェントです。

もちろん開発にはまだ時間がかかります。しかしこの数年のテクノロジーの進化を考えると、気が付いたらAIエージェントが業務内に現れてくるようになっているでしょう。

そうなったときに慌てるのではなく、「いよいよ来たか」という姿勢で、柔軟に業務に組み込める「強さ」を、業界の皆で持っておきたいと思いませんか?

多くの労務担当者は、日々不安を抱えていらっしゃると思います。「これが抜けているのではないか」「ミスをしてしまうのではないか」といった不安です。AIエージェントは、そうした不安を取り除き、未来に向かう力に変えていく。これがAIエージェントの真の役割だと考えています。