ChatGPTなどの生成AIの登場により、ビジネスにおけるAI活用が急速に広がっています。特に人事労務部門では、法改正対応や膨大な情報処理、定型業務の負担といった課題にAIが直接関与することで、一気に解決ができる可能性があります。

しかし日本企業の実態を見ると、関心の高さに比べ、本格活用はまだ一部にとどまっています。

この記事では、自社の人事労務部門におけるAI活用レベルを診断するためのチェックリストを紹介します。自社の現状を把握し、失敗の少ないステップを踏んでAIを導入するために活用ください。

AI導入の現状と課題

日本企業におけるAIの導入率は、導入準備中を含めると2023年度の26.9%から2024年度には41.2%へと急増しており、関心の高まりが見られます。

しかし実際の導入には以下のような課題が存在します。

  • AI運用の人材・ノウハウ不足
  • 導入すべきシステムやサービスが明確でない
  • 導入効果の測定方法が確立されていない
  • 特に中小企業ではリソース(時間・予算・人材)の制約

これらの課題を乗り超えるため、まずは次のチェックリストで点数を出してみてください。

HRbase 労務×AIコラム

AI浸透度チェックリストの使い方

自社のAI活用レベルを診断するチェックリストは、以下の6つの視点で構成されています。

  1. AIへの意識と戦略:AI活用の目標設定や経営層の支援体制
  2. データ基盤と準備状況:人事データのデジタル化やアクセス性
  3. ツール導入と活用:具体的なAIツールの導入状況と日常的な利用度
  4. プロセスへの統合:AIと既存業務フローの連携状況
  5. 人材と組織文化:AI関連スキルの育成や組織の受容性
  6. ガバナンス、倫理、コンプライアンス:AIの適切な利用に関するルール整備

各項目を1~5点で評価し、合計点数からAI浸透度のレベルを判断します。評価は厳密なものではなく、現状認識と今後の方向性を検討するためのツールとして活用してください。

ディメンションチェック項目(例示:1~5点で評価)
1. AIへの意識と戦略1.1 人事・労務部門は、AIが自部門の特定の業務にもたらす潜在的なメリットとリスクを理解している。
1.2 AI活用によって達成したい具体的な人事・労務目標(例:管理業務時間をX%削減、コンプライアンス精度向上)について議論、または定義している。
1.3 人事・労務におけるAIへの取り組みは、会社全体のデジタル戦略やDX戦略と整合性が取れている。
1.4 経営層(人事部門のリーダー含む)は、人事・労務領域におけるAIの検討や導入を積極的に支援している。
2. データ基盤と準備状況2.1 主要な人事・労務データ(従業員情報、給与、勤怠、規程など)はデジタル化されており、比較的アクセスしやすい状態にある。
2.2 人事・労務データの品質、正確性、完全性を担保するためのプロセスが存在する。
2.3 関連データがどこに存在するか(給与システム、共有ドライブ等)を把握しており、システム連携における潜在的な課題を認識している。
2.4 AIツールをサポートしうる基本的なクラウド基盤(多くの人事系AIツールはクラウドベース )を検討または導入している。
3. ツール導入と活用(人事・労務)3.1 人事・労務業務向けの特定のAIツール(チャットボット、採用AI、分析ツール等)について、積極的に情報収集や試用を行っている。
3.2 特定の人事・労務機能(例:FAQボット、履歴書スクリーニング)を支援するために、少なくとも1つのAI搭載ツールを導入している。
3.3 導入されたAIツールは、人事・労務チームによって意図された目的のために日常的に利用されている。
3.4 生成AI(ChatGPT、Claude等)を、文書作成補助、要約、アイデア出しなどの業務で試用または活用している 。
4. プロセスへの統合4.1 AIツールは、単なる目新しいツールとして使われるだけでなく、既存の人事・労務ワークフローに統合されている。
4.2 AIの能力を効果的に活用するために、一部の人事・労務プロセスを再設計または適合させている。
4.3 AIツールと主要な人事システム(勤怠管理、給与システム等)間でデータがスムーズに連携している。
4.4 AIがプロセス効率(例:時間削減、エラー削減)に与える影響を測定している。
5. 人材と組織文化5.1 人事・労務部門のメンバーは、AIとその業務への関連性について、基本的な研修や情報提供を受けている。
5.2 人事チーム内でAI関連スキル(プロンプトエンジニアリング、データ解釈等)を育成中であるか、またはそうしたスキルを持つ人材にアクセスできる。
5.3 人事・労務チーム内には、AIのような新しい技術を試用し、採用することに対する前向きな文化がある。
5.4 従業員に影響を与える人事・労務プロセスでAIがどのように使用されているかについて、従業員に対して透明性を持って伝えている。
6. ガバナンス、倫理、コンプライアンス6.1 日本におけるAI利用に関するガイドライン(例:経済産業省 AI事業者ガイドライン )を認識し、考慮している。
6.2 AIツール、特に生成AIの使用に関する社内ルールやガイドライン(データプライバシー、正確性、許容される利用法など)を策定済み、または策定中である。
6.3 AIツールを選定・利用する際に、人事関連の決定における潜在的なバイアス(性別、年齢等)や公平性への影響を考慮している 。
6.4 従業員データを含むAIツールを使用する際には、データプライバシー規制(個人情報保護法など)を遵守している 。

診断結果の解釈と次のステップ 

チェックリストの結果から、企業のAI浸透度は以下の4つのレベルに分類できます。

レベル1:模索・情報収集期(平均1点~2点未満) 

特徴:AIの具体的な活用法への理解が限定的で、具体的な戦略がない段階。
次のステップ:人事チーム内の教育と意識向上、特定の課題に対するAI活用の検討、無料トライアルなどから小さく始めること。

レベル2:実験・試行期(平均2点~3点未満) 

特徴:特定業務で限定的にAIを試用し始めている段階。パイロットプロジェクトの実施。
次のステップ:成功指標の明確化、有望分野への集中、社内ガイドラインの作成。

レベル3:運用・統合期(平均3点~4点未満) 

特徴:AIが標準的な業務フローに組み込まれ、測定可能な効果が出ている段階。
次のステップ:適用範囲の拡大、ガバナンス体制の強化、人事チームのスキルアップ。

レベル4:最適化・戦略変革期(平均4点~5点) 

特徴:複数の人事機能にAIが組み込まれ、戦略的意思決定にも活用されている段階。
次のステップ:高度なAI応用の探求、継続的なイノベーション文化の醸成。

自社のレベルに応じて、次のステップを検討することが重要です。特に中小企業の場合は、リソース制約を考慮した段階的な導入計画が効果的でしょう。

AIで変わる、人事労務の世界

人事・労務担当者が日々直面する情報過多、コンプライアンス対応、煩雑な管理業務といった負担をAIは大きく軽減することができます。本記事で紹介したチェックリストを活用して、自社のAI活用の現在地を把握し、今後の戦略を練る出発点としてください。

特に中堅・中小企業にとっては、AI活用は段階的なプロセスです。最初から完璧を目指すのではなく、小さく始め、試行錯誤しながら着実に進めていくことが成功への鍵となります。

複雑化する労働法規や実務に対応していく中で、信頼性の高いAIソリューションへのニーズは今後ますます高まっていくでしょう。AIを賢く活用することで、日本の人事・労務管理はより効率的で、コンプライアンス意識が高く、データに基づいた意思決定が可能になります。AIとの協働を通じて、より良い働き方と企業の成長を実現する未来を描いていきましょう。