あらゆる業務領域でのChatGPT活用が進んでいます。日本の企業でも、人事労務(HR)での業務効率化や新たな付加価値創出を目的にChatGPTを導入する動きが広がっています。

一方で、人事労務部門では、定型的な書類作成や問い合わせ対応、高度な専門知識を伴う判断業務など、多岐にわたる業務を担わなければなりません。働き方改革や多様な働き方への対応といった社会的な要請が高まり、業務が増え続けているのも事実です。

ChatGPTを導入することで担当者の作業負担を軽減でき、戦略的な業務により多くの時間を割けるようになります。本記事では、人事労務チームがChatGPTを導入するときの5つの実践ステップを解説します。

ステップ1 戦略的準備と目標設定

1-1. 使う目的をはっきりさせる

まずは「なぜChatGPTを導入するのか」をはっきりさせることが重要です。たとえば「定型メール作成にかかる時間をX%削減する」「求人票の初稿作成を効率化する」など、具体的かつ測定可能な目標を設定しましょう。

1-2. 最初に取り組む業務を選ぶ

ChatGPTが実力を発揮できるタスクを洗い出します。反復性が高くテキストベース、かつリスクが低い業務(社内通知文のドラフト、求人票のテンプレート作成、会議議事録の要約など)から始めるのが安全です。

1-3. 導入メンバーを集めて社内の理解を得る

技術やセキュリティに詳しいメンバー、IT・法務・人事担当者などで小規模チームを組みます。その際は社内で影響力を持つキーパーソンと、新しい技術に前向きでフットワークの軽い若手メンバーを組み合わせることで、多角的な視点と推進力を確保し、より実効性の高いチームを編成することを検討してください。その上で、経営層からの承認と予算を得ます。経営層の理解と支援が導入成功のカギです。

1-4. ChatGPTの得意分野と限界を知る

ChatGPTは自然言語生成や要約・翻訳が得意ですが、不正確な情報が含まれる可能性や、最新情報を反映できない場合もあります。過度な期待を避け、「補助ツール」として位置づけましょう。

1-5. 人事特有のリスクをチェックする

人事労務では個人情報の扱いが多いため、データプライバシーやバイアス、公平性、コンプライアンスリスクなどを事前に把握することが大切です。

ステップ2 安全な利用ガイドラインの策定

2-1. 情報取り扱いのルールを決める

個人情報や社外秘情報などを無造作に入力しないルールを徹底します。特に無料版や一般公開版では、入力データがモデルの学習に利用されるリスクが高いため注意が必要です。企業向けプランを使う場合でも、入力内容が学習に利用されないように適切な設定(オプトアウト設定など)を適用し、慎重に取り扱う必要があります。

2-2. 安全なアクセスルールを決める

承認されたアカウントに限定し、安全なネットワーク環境下で利用するなど、既存のITセキュリティポリシーと連動させます。

2-3. 事実確認やリーガルチェックを行う

就業規則や法的文書、公式通知などの最終確認は、必ず人間(法務部門など)が行いましょう。ChatGPTの出力をそのまま使うのではなく、「提案」や「下書き」としての活用が基本です。

2-4. 不公平な取り扱いにならないよう注意する

訓練データ(※)に由来するバイアスにより、ChatGPTの出力が偏見やステレオタイプを含むことがあります。不公平な表現や判断を防ぐため、特に採用文書など、公平性が求められる場面では、必ず人の目でチェック・修正を行ってください。
※訓練データとは、AI(人工知能)や機械学習モデルを学習させるために使う、例題のようなデータのことです。このデータを使って、モデルはパターンやルールを覚えます。

ステップ3 段階的展開とパイロットテスト 

3-1. まずは小さく試してみる

いきなり全社展開するのではなく、まずは少人数で、限定的なタスクで試行します。FAQ回答のドラフトや求人票の初稿作成、社内レポートの要約などが代表例です。

3-2. 研修とフォローで疑問を解決する

パイロットに参加するメンバーには、ガイドラインやプロンプト例などを共有し、わからないことをすぐに相談できる体制を整えます。

3-3. 利用効果を検証し、社内ナレッジを蓄積する

ChatGPT利用前後の作業時間や成果物の品質、メンバーの感想を収集・分析し、ガイドライン作成やプロンプトの改善に役立てます。また「背景情報や目的を具体的にする」などのプロンプト作成のコツや、成功・失敗を問わない活用事例を共有することで、社内展開後の活用を加速させ、早期の成果創出につなげます。

ステップ4 人事労務の各機能への活用拡大

パイロットテストで得た知見をもとに、ChatGPTを他の業務へ展開していきます。以下は主な例です。

  • 採用・選考:求人票のドラフト、面接質問リスト作成、候補者の職務経歴要約など
  • オンボーディング・研修:新入社員向けFAQや研修コンテンツの提案
  • パフォーマンス管理・人材開発:評価シートのテンプレート、フィードバックの要約
  • 労務管理:就業規則や社内規定のドラフト(要専門家チェック)
  • 人事データ分析:アンケート自由記述部分の要点抽出・感情分析
  • 社内コミュニケーション:通知文のドラフト、定型メール作成

ただし、機密情報を扱ったり、専門的判断が必要な業務については、人間が最終確認をするフローを必ず維持します。

ステップ5 効果測定と継続的な最適化

5-1. 効果を数値で可視化する

導入時に立てた目標に合わせ、作業時間の削減率や文書品質などを定期的に測り、効果を見える化します。

5-2. 社内の声を収集し、運用を見直す

ChatGPTの活用状況やリスク、ガイドラインの順守度合いを社内で共有し、追加の研修やルール調整を行います。

5-3. 改善活動を継続し、成果を最大化する

当初の目標数値にすぐに達しなかったとしても、以下のような取り組みを行い、あきらめずに地道な改善を続けることが重要です。

  • プロンプトの改善・共有:効果的なプロンプト事例を社内で共有し、誰でも再現しやすいようにします。
  • 新機能やAIツールの活用検討:ChatGPTのバージョンアップや関連ツールを常にチェックし、導入の可能性を探ります。
  • 他社事例の学習:国内外の成功事例を学び、自社に合った新たな使い方を検討します。

より戦略的な人事労務業務に向けて

ChatGPTは単に業務を「自動化」するものではなく、人事労務担当者の作業を効率化し、より戦略的な業務に注力する余裕を生み出すパートナーといえます。しかし、効果や安全性を最大化するためには、明確な目標設定やガイドライン、段階的な導入と継続的な改善が不可欠です。

本記事の5つのステップを活用すれば、ChatGPT初心者でもリスクを抑えつつ確かな成果を得られるでしょう。まずは小さな一歩から、会社独自のニーズに合わせた導入を検討し、効率化と付加価値創出の両面で人事労務の未来を切り拓いていただければ幸いです。